「瀬」という言葉は、
「川の流れが浅く、歩いて渡れる場所」または「川の流れが急な場所」もしくは「物事に出会う時」などを指す意味を持つと言う。
流れが早いのかい? 遅いのかい? 結局どっちなんだい? と聞きたくなるが、まあ普通の感覚からすると、流れが早い方を連想しますわな。故に「年の瀬」と聞けば、年末に差し掛かり慌ただしい雰囲気を想像するわけで。
月日は百代の過客にして行きかふ年もまた旅人ですなあ〜。。とか松尾芭蕉について知ったかぶしていたのが、ちょうど1年前の記事。幕末から見れば160年ほど前のこと。松韻矢の如し、少年老いやすく学なり難し、とはホンマでっせ。今年もあっと言う間でござんした。
目まぐるしく状況が変化してゆく幕末でも、同じように感じた人々も多かったはず。てことで、江戸っ子たちは年の瀬に何を思い、何をしていたのか、ちょっと気になったので調べてみましょか。
⚫︎ そもそも「大晦日」って何
大晦日の「みそか」は、「三十日」が由来だそうだ。現代の大晦日は12月31日だが、太陰太陽暦の時代は12月30日であった。この暦は、今と同じ12カ月でも「大の月」と「小の月」があり、大の月は30日、小の月は29日まで。12月(師走)は大の月である。晦日は、月の末日を意味するので、小の月では29日でも晦日と言い、そして、1年の締めくくりである12月の末日は、大晦日と呼ばれていたのだとか。
大晦日は本来、歳神(としがみ/毎年正月に各家にやってくる来訪神)を迎えて祀る準備を済ませ、忌籠(いごもり/けがれに触れないように家にこもること)をする日なんだとか。また、お盆と同様、大晦日には先祖の霊が訪れると信じられていたらしい。お盆と大晦日で年2回とは、奉公に出した息子より帰省頻度の高いご先祖様たちですこと。
⚫︎ 12/13は「煤(すす)払い」の日!
ご先祖様たちの霊が帰ってくるなら煤払い(大掃除)をしとかなくちゃってことで、寛永17(1640)年以来、12月13日には江戸城内の煤払いが行われるようになったそうな。そのため、大名屋敷や旗本邸なども合わせて13日に煤払いをするようになり、そんなら町衆も統一したほうがいいとのことで、江戸城下の煤払いは12月13日と決まったんと。町人たちは煤払い前夜に「明日は煤払いですから」とお互いに挨拶をいれたとか。
越後屋に代表されるような大店(おおだな)の煤払いは、それはそれは賑やかなもの。高張提灯を立てて、頭は手ぬぐい姿に尻端折りの店員や、商家に出入りしている鳶職人が、煤竹(すすだけ*竹竿の先に枝葉を残したもの)などで掃除にとりかかる。今の暮らしでは煤が出ることはないが、薪や炭、蝋燭を使う江戸の暮らしは家財や天井に煤で真っ黒になるのは当然のこと。江戸の川柳にも「十三日 白い野郎は 叱られる」なんて句もあったそうで、顔中を真っ黒にして煤払いをしていた様子が浮かんでくる。
↑ こちらの一団は早くも食事をとっています。蕎麦らしきものをすすっている人もいますね。蕎麦は江戸グルメの代表格として江戸っ子たちに愛されましたが、煤払いのあとにも蕎麦を食べるのが定番でありました。なんでも、大奥で煤払いのあとに「煤払い蕎麦」を食べるのが行事化しており、それが武家や庶民にも広まり定着したのだとか。人々はご近所さんや知人に「煤見舞い」と称して蕎麦を贈りあったとか。
胃腸を整えてくれる蕎麦は“身体を清浄にしてくれる食べ物”とも考えられていたので、煤払いで汚れた身体を蕎麦でなかから清めよう、と考えたのかも。まぁ、蕎麦は手軽だしおいしいし忙しい時にはピッタリというのもあったでしょう。
(ちなみに、年越し蕎麦を食べる風習は、江戸時代に江戸や大坂(現在の大阪)など都市部を中心に定着したと言われている。全国的な文化になったのは戦後、メディアや流通が発達してからだったようだ。どうして蕎麦を食べるかは、「命が細く長く続くように」「蕎麦が切れやすいことから、1年の厄や借金を切り捨てて翌年に持ち越さないようにと願いを込めた」などの説があるという。)
さらに、煤掃きが終わるとご祝儀として、店主から店員まで胴上げをしたという。男性だけではなく女性もターゲットとなったようで、女性陣は柱にしがみついたり幼子を抱いたりして胴上げから逃げまくっていたとか。
この胴上げ、とにかく誰彼かまわず標的にされる。ただやはり若いイケメンや若い女中が標的になりやすかったようで、まあ、胴上げにかこつけてセクハラするわけであります。なので、「狙われる!」と察した者は胴上げが始まりそうになると逃げ回ったのだそう。ここらへん、身もふたもないのですが、200年以上前でも「※ただしイケメンに限る」わけですね。
その後、すす餅がふるまわれて、店員たちは煤を落としに銭湯へ。夜には店主からご祝儀酒がふるまわれ、早めの解散。そして煤払いの夜は、責任者による夜中の見回りがないため、店員たちはこっそり抜け出して遊びに出かけたとか。「この日だけは」と店主も大目にみていたそう。年末最後の出社日に掃除して、納会で締めて二次会という、今の会社員とちっとも変わらない習慣である。
⚫︎ 正月用の餅は12/28までにつくべし!
末広がりの「八」がつく28日までに、正月に飾る鏡餅用の餅をつく。なぜならば、29日は「二十九=二重苦(にじゅうく)」となることから縁起が悪いとされていたから。また、大晦日ぎりぎりに餅をつくのも「一夜飾り」と言われて避けられていたんだとか。
さて、江戸時代、餅の入手方法は大まかに次の4パターンがありました。
その1「自分たちで餅つきする」
まずは基本、自分たちで餅つき。寺院や武家、大店など使用人がたくさんいるところや、農家などでは自分たちでぺったんぺったん。
こちらは“不夜城”吉原での餅つき。妓楼の土間で男性たちが餅をつき、女性たちは鏡餅をつくったり、できた鏡餅を運んだり。遊女見習いの少女である禿(かむろ)はお茶を運んでますな。
その2「菓子屋に注文する」
自分たちでやれない人は菓子屋に注文。菓子屋がつく餅を「賃餅(ちんもち)」といいます。ただし年末は大忙しのため完全予約制で、12月15日以降は注文を受け付けなかったそう。
その3「出張餅つきを依頼する」
今の東京では考えられない光景ですが、年末の江戸では通りで餅をつく“出張餅つき屋”がたくさん見られました。「引きずり餅」と呼ばれたこの出張餅つき屋は、米屋が年末だけの臨時業務としてやっていたとも。依頼をするのは自分たちで餅つきをしない商家や町人などで、依頼を受けた出張餅つき屋は臼や杵、蒸篭(せいろ)など餅つき道具を担い、依頼人の家もしくは店の前で威勢よく餅をついたらしい。活気ある餅つきは景気づけにもなるというので、商家にも人気があったそうな。
その4「歳の市」で買う
年末になると各地の神社の境内で、正月用品などを売る「歳の市」が開かれた。餅も売られていたので歳の市で買う人もいたようだ。とにかく年末は大忙しで、15日から大晦日の夜明けまで昼夜を問わず餅をつく音が江戸市中に響き渡ったそうです。
なるほど「餅は餅屋」って言葉も、こうした背景の中から生まれたのでしょう。現代は、感染症とか食中毒の観点からか、すっかり餅つきを見かけなくなってしまい、寂しい限りですの〜。。
⚫︎ 江戸時代の年末の風物詩「掛け取り」
年末年始の休みに入る前に、なるべく仕事を進めておきたい。そう願う現代人は少なくないだろう。それは江戸時代の商人たちもまた然り。当時は、1年の節目となる日にまとめて支払う「掛け売り」が一般的で、その節目とは、お盆と大晦日の年2回とされることが多かったよう。そのため、大晦日は商人たちがあちこちへお金の回収に駆け回る日であった。これを「掛け取り」と言い、冬の季語にもなっている。
ここで回収できないとお盆まで待つ羽目になるので、商人たちは必死である。しかし、相手が素直に支払ってくれるとは限らない。特に、裕福でない人々からすれば、支払い時期が延びるに越したことはなかったのだから、年末には「払ってくれ」「いや待ってくれ」の攻防があったという。
江戸時代は、こうした掛け取りを題材にした『掛取万歳(かけとりまんざい)』『文七元結(ぶんしちもっとい)』などの落語が生まれるほど、ありふれた風景だったようだ。
取立て屋と化した商人たちは紋付の提灯を手に、大晦日が終わってしまう午前6時頃(明け六つ)まで徹夜で取立てに奔走しました。ウシジマくんばりの過酷な取立てをする者もいたのか「債鬼(さいき)」なんて呼ばれていたとか。
「大晦日 首でも取って くる気なり」
金払えねぇんなら、首おいてけ! と、借金取りの気合と覚悟がビシビシ伝わります。鬼じゃ〜、鬼がきよった〜。
取り立てられる方も必死です。真面目な者はちゃんと期日までにお金を用意したり、あちこちに頭を下げてお金を工面するなどしましたが、中には仮病を使ったり、居留守を使ったり、一晩中トイレにこもってやり過ごすツワモノもいたんだとか。
「大晦日 よくまわるは 口ばかり」
金欠で首はまわらないけど、言い訳をする口はペラペラとよくまわる、というわけ。いますよね〜こういうヤツ。
そんな商人レベルの「払ってよ」「ちょ待てよ」なら可愛いもんで、平和なうちの話なのだが、これが覇者イギリス相手の賠償金問題となると、緊迫感が全くもって違うわけで。それが生麦事件の後半戦となるのですが、こんな怖い話題は来年になってからと致しましょう。
ひとまず今は、よいお年を〜。
怖い話は、先送り、先送り〜。
参考
https://intojapanwaraku.com/rock/culture-rock/180351/
https://search.yahoo.co.jp/amp/s/edo-g.com/blog/2016/12/new_year_holiday_season.html/amp%3Fusqp%3Dmq331AQGsAEggAID
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