vol.110「魔王 高杉の覚醒」について


これまでずっと居たのに幸か不幸かメインの出番に恵まれなかった「高杉晋作」さんの活躍が、ついに始まる。一歩間違えれば命を失っててもおかしくない局面を、結果的に全部回避し続けて今日まで生き延びて来たのは、おそらくここからが彼のためのステージだったからだろう。


高杉なんて我が強い問題児は、本来なら真っ先に突っ走って死んじゃってそうなのに、禁門の変とか下関戦争とかの場面では、なぜかスタメンから外されたポジションに置かれていて、参戦したくてもできなかったようで。まるで神様が「この駒は後半戦に温存しとこ」とあえて残したかのようにも思える。

運命って怖い。




⚫︎ 敗戦処理に駆り出されてカムバック


下関戦争で完膚なきまでに叩き潰され、降伏した長州藩。その後、欧米の戦艦で両者の交渉の場が設けられることになるが、当然ながら、にこやかに会談しましょうなどと、なるはずもなく。「どう落とし前つけてくれる?」という話し合いが待っているわけで。


長州藩の交渉役の心境を例えるなら、ヤクザの一味を襲撃して、抗争で敗北。組の事務所に単身、詫びを入れに行くような、恐ろしさである。ちなみに長州藩は前年、京都で江戸幕府とも戦って大敗したばかり。武力も資金もボロボロ、そのうえ朝廷からは「長州藩は逆賊じゃ!」とまで宣言され、助けてくれる味方など、どこにも存在しないと来たもんだ。

日本中の誰もが思った事でしょう。

「長州藩、終わったな」と。


そこで、藩上層部は手の平を返した様に、直前まで列強との開戦をやめるよう散々訴えてきた(そして聞く耳持たずにあしらってきた)伊藤俊輔井上聞多に擦り寄って「緊急事態だから列強と和平を結びたい。その方どもには使者になって貰いたい」と言い出した。

 

当然、二人はブチギレた(笑)。二人は藩庁(山口)に乗り込み、高杉の赦免を喚き散らす。井上は有名な癇癪持ちで、一旦キレ始めると手に負えない。この時も並み居る藩の重役達を罵倒し、何とか高杉の自由放免を勝ち取ってみせた。かくして高杉が欧米との交渉役に抜擢されることとなった。




⚫︎ 魔王と恐れられた高杉の交渉


高杉が交渉役に任じられたのは、その胆力を買われてのこと。 高杉は家老・宍戸備前の養子、刑馬(ぎょうま)と名前を変えて身分を偽り、連合軍の旗艦ユーリアラス号に乗り込んだ。普通、戦いの敗者ともなれば、こうべを垂れて、できる限り穏便に少しでも軽い賠償にと努めようとするもの。ところが高杉晋作は、その真逆の態度で交渉に臨んだ。


高杉「はっは。これは皆様方、早々とおそろいですなあ、たいへん結構! では、さっそく始めるとしますか!」


あまりに堂々とした態度に、欧米列強の軍人たちは「えっ、なんでこの人、こんなにエラそうなの?」と戸惑う。とはいえ話の主導権は勝利者側にある。さっそく賠償の話が次々と切り出された。


欧米「さて、あなた方は卑劣な攻撃で、我々の大切なものをたくさん奪い壊しただけでなく、周辺の海域を封鎖して、多大な経済的ダメージも与えた! 今回の武器・弾薬の費用や兵隊の人件費など当然、支払って頂けますね!?」


高杉「はっはっ、そりゃムリだ!(即答)」

欧米「えっ?」

高杉「あいにく我が藩は壊滅状態、もう何もない! 無いものは出せませぬな!」

欧米「いやいや、あなた、そんなの通るとお思いですか?」

高杉「ふうむ。どうしても賠償金を求められるか。

   でしたら、その請求は徳川家にされるが良い!」

欧米「えっ、なぜ?」


高杉「わが国は徳川将軍家こそ、正当なる支配者にして責任者。それに今、もしムリに長州から絞り取れば、間違いなくつぶれるでしょう。そうなれば支払われる額はゼロ。だが幕府に請求すれば、お金は得られ、あなた方の犠牲も報われる! さあ、はたして賢い選択は、どちらでしょうな?」


欧米「うぐっ・・ううむ! し、仕方ありません、では賠償請求は、幕府の方へさせて頂くとして、では次に、領土のお話をしましょう。でも恐がらなくて大丈夫、我々はとても優しい」

高杉「優しい?」

欧米「私たちは、むやみに他国の土地を奪いません。ただ、貸してもらうだけです」


欧米列強は、長州の周辺海域を、安全に航行したいといった理由で“彦島”と呼ばれる地域の“租借”を提案。占領ではなく、あくまで借りるだけ。いっけんマイルドな提案に思えるが、高杉は大英帝国に租借された上海を訪れた際に、その当地がほとんど占領地と変わらない事実を目の当たりにしていた。


(、、さては長州を上海と同じにする気だな。そうはさせんぞ!)と思った高杉は、会談の場でいきなり古事記の文言を暗唱し始めた。


高杉「しん、やすまろが、もうさく。それ、こんげんすでにこりて、きしょういまだあらわれず。なもなく、わざもなし。たれかそのかたちをしらん。しかれども・・」


欧米「、、、彼は一体なんの話を?」

サトウ「、、なんか神話みたいです」

伊藤「、、、古事記って言うやつですが」

欧米「、、、なんで今その話に?」

サトウ「、、どゆことですか?」

伊藤「、、、いや私もそれは」


高杉「おほん! このとおり我が日本国は、神が創り、与えたもうた土地。それを我ら人間が勝手に貸し借りなど、およそ出来ぬ相談にございますな!」

欧米「なっ、そんな話が通るわけないでしょう!!」

高杉「それは何とも気の毒だ」

欧米「えっ、気の毒??」


高杉「いかにも。神々の土地を勝手に扱えば、どうなるか? 彦島の民は狂ったように、あなた方へ襲い掛かるでしょう。たとえ最後の一人になったとしても。そちらに一体どれほどの犠牲が出るか。それを思うと、、ああ気の毒! 気の毒すぎる!」


会談はまさかの、敗者が勝者を脅す、という前代未聞の展開となった。通常なら、苦しまぎれのハッタリと、容易に切って捨てられる所であるが、目の前の男は明らかに尋常でないオーラを放っている。イギリス側通訳のアーネスト・サトウはこの時の高杉の様子を「魔王」のごとく「傲然」としていたと述べている。


そもそも、日本の1地方勢力が、世界最強4ヶ国連合に戦いを挑むこと自体がフツーではないわけで。勝ち目ゼロの戦いに全力で挑んでくる日本人は、何かが狂っていると薄々感じていた。もしかすると「この男の言うことは本当かも、、」高杉にはそう思わせる迫力があった。ここで高杉は、すかさず切り込む。


高杉「しかし皆様方! われわれもご迷惑をおかけしたこと、心を痛めております。今後は決して艦船を攻撃できぬよう、海岸の砲台は撤去し、封鎖も解きましょう! また、貴国らの船が立ち寄られた際は、食糧や石炭も売り渡し自由な通行を約束いたす。そういう事では、いかがですかな?」


会談の場は、すっかり高杉のペースに、飲まれてしまった。「ああ、、それなら、まあ良いか?」といった流れになり、ついに交渉は成立。長州藩は、これだけのことをやらかしながら、まさかの賠償金ナシ、領土もいっさい失わないという、とんでもない条件を飲ませてしまったのである


ここで彦島が欧米の拠点になったり、長州藩が潰れたりしていたら、幕末の歴史は大きく変わったと思われる。そうした意味でも、高杉晋作が残した成果は、もはや計り知れないことだったのだ。すごいぞ高杉! さすがだ晋作!




かくして、下関戦争の事後処理を見事にこなした高杉晋作、伊藤俊輔(博文)、井上聞多(馨)であったが、禁門の変によって朝敵認定されてしまった長州藩内では、その主導権が「急進派」から「俗論派」へと移り、激しい内部抗争へと発展したため、命を狙われる立場となってゆく。


井上聞多は自身の「キレ癖」が災いし、刺客に襲われ、滅多刺しにされてしまう。全身6ヶ所を切り刻まれ、合計50針を畳針で縫い上げると言う大手術を受けて、かろうじて彼は蘇生する。手術は5時間を要したと言うが、その後生死の境を彷徨った。

嘆き悲しんだのは伊藤である。彼は満身創痍となった井上のもとに駆け付け、必死に勇気付けた。

 

しかし...

 

その井上はバケモノの様な生命力を持つ男であった。全身をミイラの様に包帯でグルグル巻きにされながら、しかし日に日に急速に復活して行く。半ば諦めていた伊藤や高杉の心配を他所に...ケロリと復活してしまうのである(笑)。

 

その後は、三者三様に長州領内を逃げ回った。列強との和解を成立させた後も、あちこちでトラブルを引き起こす(笑)。下関を開港しようとした時など、長州の支藩である長府藩の理解を得ることも無く、暴走(笑)。現地の藩士達をブチギレさせ、下関中を逃げ回った。高杉と井上は藩領から脱出する事に成功したが、逃げ遅れた伊藤などは浴槽に身を隠して難を逃れたほどだ。桂小五郎(木戸孝允)が亡命生活から帰藩し、寸での所で救われたが、ほぼ討死寸前であった。


伊藤・井上コンビの面白い所は、危機は絶えずついて回るのだが、それを脱するとケロリとそれを忘れてしまう所だろう。再び遊び人となって悪さをする(笑)。伊藤が高杉にどやされていれば、必ず井上がやって来て伊藤を救い出す(笑)。そして適当な理由を付けて、遊ぶ(笑)。


こんなヤツらが、やがて新政府の中枢で日本を動かしてゆくのかと思うと、、

やっぱ運命って怖い。




参考

https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/acee77f63879f4adc1734a7c75921d1b4286d4a9

https://ameblo.jp/boochan-777/entry-12699929100.html

https://bushoojapan.com/comic/nihonshimanga/2021/11/11/163576/3

一般社団法人 江戸町人文化芸術研究所

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