vol.24『怒る富士』を読んで


(※この記事は2023年内に書いたもので、まさか新年早々に地震が起きるとは夢にも思わず、内容的にタイミング悪くて申し訳ございません。災害や事故で亡くなられた方々のご冥福をお祈りします)




新年あけましておめでとうございます。

富士山の絵で正月感を装ってみたものの、怒ってるので縁起は良くありません。本ブログ2024年1発目のテーマは、5代目綱吉の時代を締めくくる特大イベント「1707宝永大噴火」についてです。


なんせあの富士山が数百年ぶりに噴火するのだから、ウルトラバッドサプライズである。溶岩の流下は無かったようだが、大爆発により焼けた砂が関東一円に降り注ぎ、江戸にまで届いたとか。焼け砂が1m〜3mも積もった地域では、田んぼが埋まって大ピンチ。このままでは耕作不能で、村ごと全員餓死するのも時間の問題


そりゃ「綱吉公の悪政のせいで天が怒っとるんじゃ!」とか言われても仕方ない。実際この2年後に綱吉は引退し、6代目を「家宣(いえのぶ)」に譲っている。そのへんの綱吉の最後と、宝永大噴火との関連性が気になってこの本を読んでみたところ。。(以下ネタバレ注意)



むっちゃ疲れた。。



作者自身も、あとがきに「疲れた」って書いてるくらい、一筋縄ではゆかない話であった。噴火事件そのものより、事後処理を巡る幕府内での権力闘争がひどい。降り積もった焼け砂によって、壊滅的被害を受けた地域では食糧が底をつき、何千人もが餓死寸前だと言うのに、これを政争の具にした役人同士が、互いの足を引っ張り合い、なかなか現場に救済の手が差し伸べられない


もはや災害処理に手こずったと言うのでなく「これ絶対手こずるやつだから手をつけたくねー、金かかるし、責任問題になるのやだし」と、問題解決に向き合うことから官僚が逃げた状態である。


そんな中、かつて家康に命ぜられ、利根川東遷を見事成し遂げた「伊奈忠次(いな ただつぐ)」の子孫「伊奈半左衛門(いな はんざえもん)」が農民を飢えから救うべく、官僚らの政治ゲームに巻き込まれつつも、被災地復興に全力を尽くすのだが。。。



あらすじはこんな感じ。本編も読み切ってしまえば実に面白かったのだが、読んでる最中はとにかく、つらい。ムカつく場面が多すぎる。



● 老中・大久保忠増(おおくぼ ただます)

相模国小田原藩第2代藩主。綱吉がべったりの柳沢吉保の独裁体制が気に食わず、自分の小田原藩が被害を受けたことを利用して、この被害の処理失敗で柳沢吉保を追い落としてやろうと、見かけは復興がんばってます感出しときながら、裏ではわざと救済処理の足を引っ張るという、どうにも許せない奴。いやー頑張ったんですけど被害ひどすぎて無理でしたー、と足柄地方と御厨地方の6万石を「亡所」として幕府にポイッと返還し、まんまと代替地をもらいやがる。おかげで亡所とされた地の農民は救済もなくなり、勝手によその地に行けと言われ、見捨てられ状態に。



● 5代目将軍・綱吉

子供が立て続けに死んでショックだったのか、生類憐みの令や、寺院の建立とかにのめり込み過ぎ、他のことは柳沢吉保まかせで役に立たない。次の将軍にと家宣を養子にしてから、はしかでコロッと死ぬ。おーい!コロッと死ぬな!



● 側用人・柳沢吉保(やなぎさわ よしやす)

綱吉の死と共に引退し、気力もダウン。全盛期に頭の古い老中らを大切に扱わなかったツケが権力闘争を招き、事態をややこしくさせる。アンタがも少し老中らに気を遣ってあげてればよぉ。までも、武田の残党が大出世したのだから嫌われるのは必至か。



● 勘定奉行・荻原重秀(おぎわら しげひで)

柳沢の経済ブレーン。金欠だった幕府の財政破綻を改鋳作戦などで防いだ天才だが、それでも財政は逼迫しており、被災地復興のための支援金や米を出し渋る。全国の大名から無理矢理に出させた多額の支援金も、他のことに使ったりして、なかなか被災地への援助を許してくれない。



● 6代目将軍・家宣

家綱の甥っ子。とりあえず災害処理に対しては、これから行う改革のことで頭いっぱいで、役に立たない。それどころか就任早々、大奥の改修とか金のかかることを命じるから、余計に被災地に金が回らない。使えねーな。たった3年ですぐ死ぬし。



● 側用人・間部詮房(まなべ あきふさ)

● 儒学者・新井白石(あらい はくせき)

家宣の右腕と、そのブレーン。柳沢派である荻原重秀を敵視しており、なんとか引きずり降ろそうとアノ手コノ手で責めたてるが、重秀なくては財政が回らないため、長いせめぎ合いを繰り返す。そんなん長々してくれちゃってるせいで、被災地支援が滞る。



● 普請代官・伊奈半左衛門(いな はんざえもん)

被災地復興を任され奮闘するが、上が政治的な駆け引きやってるせいで、なかなか米も金も工面できず、村人ピンチ。てかピンチ通り越して、身売りしたり餓死したりで悲惨な状態。そこで最後は自分の切腹を懸けて、非公式な書類で役人らを欺き、餓死寸前の被災地に幕府の米を支給することに成功。その罪を一手に引き受け切腹し、まさに自分の命と引き換えにして、多くの人々を救った真のヒーロー。




と言うことで、主人公しか善人がいない(大袈裟に言うとだが)。けど、これが現実なんだろうなと。離れた被災地のことなんて誰も真剣に考えやしない。考えるのは、それを如何に利用してやるかばかりで、なんか現代の福島原発事故もそんな感じだよなと思ってしまう。復興税とやらも絶対他のことに使ってるだろうし、全く同じ構図である。


所々で語られる被災地農民たちのエピソードが、また哀れでやるせない。住み慣れた故郷から離れたくないが、とどまれども餓死が待っているだけ。やむなく他の土地で仕事を探すが、やくざに借金で絡め取られて、女は女郎に、男は労働にと、死ぬまで抜け出せない奴隷生活を強いられる。


それを半左衛門が命を賭して救ったという話は「伝説」とされているが、それまでは村人から全然動いてくれない役人への嘆願書が山ほど残されているのに対し、半左衛門の死後は、ピタッと嘆願書の提出が止まったのは事実らしい。つまり幕府が重い腰を上げて救済に乗り出したと。半左衛門の死が、家宣や間部詮房や新井白石の新政権を動かしたと。なんてヒーローなんだ半左衛門っ!

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/伊奈忠順



ちなみに、金の出し渋りをしていた荻原重秀は、新井白石との権力バトルで敗戦濃厚になると「新井白石のような学者に経済を任せたら必ずや国が傾く。だから今のうちに被災地に米を届けてやれ」と、半左衛門に非公式な書類作戦を提案&加担。最後に新政権に対して一矢報いてから、失脚してゆく。ラストで敵が主人公を助けてくれるパターンのやつや。



● 実際、新井白石に問題視された荻原重秀の改鋳は、今や「大江戸リフレーション(通貨膨張)政策」と評価され、新井白石が強硬に推進した良貨政策以降の経済停滞は「白石デフレ」と呼ばれており、荻原重秀の正しさが証明されている

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/荻原重秀



綱吉&柳沢吉保の最後はあっさりだったが、荻原重秀VS新井白石のバトルはこってりだった。被災地はドロドロ系で、役人らは煮ても焼いても食えたもんじゃない。けれど半左衛門という気高いスパイスのおかげで、時間はかかっが何とか無事に災害処理が軌道に乗って、良かった、良かった。


そして、半左衛門の「代官は決して民を見捨ててはならぬ。また、民から見捨てられてもならぬ」という言葉が、カッコ良かった。ドラマ化しよう。映像化すべきだもの。主役は堺雅人で。荻原重秀は香川照之で。無理かw


一般社団法人 江戸町人文化芸術研究所

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