vol.26「荻原重秀」vs「新井白石」について


まるでマーベル映画「シビルウォー」の、アイアンマンvsキャプテンアメリカのようだ、つっても分かる人にしか分からないし、分かる人でもよく分からない例えから始めてしまって申し訳ない。とりあえず、この水と油の戦いついて調べるにあたり不公平にならぬよう、それぞれにまつわる本を読んでみた。

まず、ノンフィクション『荻原重秀の生涯』を読んで学んだことを並べると ↓



● 重秀は、若くしてその卓越した頭脳と能力を買われ「延宝検地」で、色々テキトーだった各地の報告を、隣の国の大名に調べさせて不正がないように監視するシステムで、正確な状態把握に成功。年貢量アップに貢献



● からの、その過程で暴いた代官らの不正の数々を取り締まるため、代官摘発の専門官に任命されたり、勘定吟味役になってからは、無能で杜撰な勘定奉行らも大粛正。先輩すらも粛正。どんぶり会計は許さない鬼の重秀



● 佐渡(佐渡金山)奉行を兼任(異例人事)し、大規模投資で排水溝の掘削をすることで、水没してた金山が現れて金の生産量を持ち直させる。かつ、佐渡検地で年貢量もアップ。



元禄改鋳で出目収入大量ゲット。米価の上がり率は3%程度(しかも冷夏と地震が主な原因)で大インフレは招いてない。それよりこの改鋳は、富裕層の慶長小判貯蓄に課税したも同様で、それを嫌った富裕層は金銀を手放し、米や諸色に投資したから経済潤う



● 金銀の海外流出問題にテコ入れするため、長崎貿易直轄化。と銅調達一元化で支払いを銅に変更金銀流出を食い止めつつ、長崎会所からの利潤が幕府の新たな収入源に



地方直し(旗本らの給料形式変更)で経費削減すると共に、支配地入替で旗本らの小大名化と癒着を抑制。常にやること成すこと一石二鳥の重秀。



元禄検地で、完璧なる検地完了。詳しくは難しくてよく分からんが、とりあえず地方直しと絡めて大幅な固定費削減を達成したらしい。尚これ以降は幕末までこの石盛り設定が変更されることはなかったとか。精度バツグン重秀。



● 東大寺大仏殿再建のため、と言う反対しにくい案件で、その費用を全国大名から徴収しちゃうタブー破り(全国課税)をスルッと実施。



と、数々の偉業で重秀マジック無双状態。けれどここから元禄大地震、宝永大地震、宝永大噴火、と災難続きで、せっかくあの手この手で稼いだ金も消し飛んでゆく。将軍も綱吉から家宣に代わり、更に色々金が入り用とか言われ、被災地支援で再び全国課税するが焼石に水で、やむなくまた改鋳を繰り返すハメに。ただ、元禄改鋳の時と違い、今回は出目収入だけが目的のため、良い経済効果が生まれない。この2回目3回目の改鋳は、確かに経済を混乱させ、庶民からの不評を買うことに。


てなことで、天才経済家ぶりを発揮しまくって、なんとかかんとか火の車幕府を回していた重秀だったが、この後、新井白石という天敵が現れる。。



次に、新井白石を主人公とした『元禄歳時記』を読んでみた。かなりフィクション要素が強いので、学び項目には微妙にならないのだが、元禄時代の出来事が色々と読みやすく詰まっていて、非常に面白かった。



酒井忠清は意外と悪ではなかった?


下馬将軍と揶揄され、確かに調子に乗ってブイブイ言わせてた酒井大老だったが、綱吉5th就任に反対して「宮将軍案」を出したのには訳があり。4th家綱の側室が「妊娠してるかも?状態」だった為、今はとりあえず宮将軍で繋いでおいて、直系の嫡子が生まれた場合に備えておかないとアカン(後で絶対モメる)と思ったから。だったもよう。なるほど。

綱吉就任後は、言いがかりでお家断絶させられる前にスパッと自殺。表向き「病死」としたことを綱吉は疑い「棺を踏み破ってでも調べろ!」と命じるが、タッチの差で火葬終了。忠清は、死んで見事に家の恥辱を退けた。

家綱の時代は「人心は、のびやかなるをよしとする」との酒井大老の考え方を反映して、世の中ぜんたいがどことなく明るく、政道向きのうわさ話なども、さほどはばからず庶民の口に交わされたのに、綱吉の治政下にはいってからは「隠し目附にかぎつけられるぞ」「めったな口走りは、けんのんだ」「いやな世の中になりそうだなあ」という予感に、だれもが息をひそめ、路傍の落とし物さえ、うっかりとはひろわなくなった



○ 実は逆に堀田正俊が悪いやつ?


むしろ堀田の方が権力を手に入れるために酒井を蹴落としたクーデター首謀者。後にどんどん天狗になり、恨みを買って、若年寄の稲葉正休に刺し殺される。ま因果応報的な。でも、その事件のせいで綱吉は奥にこもり、側用人びいきの独裁ぎみ政治が始まってしまう。

「むしろ汚いのは堀田の腹中さ。彼はたくみに世論に便乗して、酒井の時間待ちを、奸悪な私欲ででもあるかのように言いふらし、極力、綱吉公を推してその歓心を獲得した。闇取り引きで点数をかせぎ、あらかじめ恩を売っておこうとしたわけだろう」そして思い通り、綱吉政権が出現すると、たちまち登用されて大老職にのしあがった。
「もし、お局の生んだ前将軍の忘れ形見が男の子であったなら、酒井の思案こそが、徳川家の血脈を正す上で、もっとも当を得たものだったといえるよなあ」たまたま生まれた赤児が女の子……。しかも死産であったために、酒井の考えはその死とともに、一顧もされずに葬られてしまったけれども、忠義づらの裏に出世への計算をひそませて、いちはやく綱吉支持にくらがえした堀田のやり口のほうが、かえって自分などには、ずる賢く思える……。



○ てかやはり綱吉は暴君なのか?


綱吉の最初の側用人牧野成貞(まきの なりさだ)」は、美人の奥さんを綱吉に寝取られる。だけでなく、娘までも寝取られる。御成で頻繁にウチに遊びに来る殿様に、妻や娘を手篭めにされる屈辱に苦悩した牧野さんは、何も悪いことしてないのに切腹自殺して、無言の抗議を行い、世を去る。

https://skawa68.com/2021/12/15/post-88728/



この他にも「河村瑞賢(ずいけん)」や「紀伊國屋文左衛門」や「八百屋お七」などなど、この時代にキャラ立ちしてた人物を盛り込みまくりの本作。けれど、あくまで主人公は若き日の白石であり、綱吉&柳沢が繰り広げる元禄時代の光と闇に翻弄される中で、特に後半は、民や武士を苦しめる悪政を正さなければ!と白石が奮い立ってゆくドラマが秀逸。


『元禄歳時記』は、白石が6th家宣のお抱え顧問になるところで終わるが、史実として白石はその後「神聖な貨幣に罰当たりな改鋳などするから天が怒って地震や噴火が起こるのだ!」と、非科学的な感情論で、再三に渡り重秀を弾劾。重秀は「改鋳以外にどんな方法で厄災を救うのだ。まず当面の処置をして、国財がまた余るようになったら金銀の品位を戻せば良いこと」と、クールに反論するが、白石は「初めに改鋳などしなければ天災など起きなかったかもしれないだろ!」と、議論にならず。白石は白石で、元禄ダークサイドの犠牲になった民を嫌と言うほど見てきたからこその正義感で、大真面目に言ってるだけに、圧は強い。



冷静かつ合理的な対処で、誰にも真似できない結果を叩き出してきた重秀。しかし、確かにボロ儲けする有能な商人と、淘汰される無能な庶民の、格差を生み出したのも事実ではある。だがそれは経済社会では避けられぬ点であり、むしろ儲けた者から課税してゆくという新たな道を開いたのだから、そんなこと俺に言われても、、の天才アイアンマン重秀


対するは


毎日オカラを主食とし、貧乏でも正しき教養&知性を持つことを第一に、勉学に励み、教え、質素倹約に努め、庶民や浪人らと助け合って生きてきた白石。時代から脱落する民を切り捨てるような考え方が受け入れられるはずもなく。我が人生は「このラスボスを倒して真の平和を取り戻すためにあり!」くらいの勢いで重秀を目の敵にする様は、さながら万人を救うために戦うことを諦めない正義の象徴、キャプテンアメリカ白石(日本だけど)。



てな感じのバトルの結果、白石のしつこすぎる弾劾に、6th家宣もさすがに「白石ダリィ〜」ってなって、とうとう罷免され、1年くらいで謎の死を遂げる重秀。重秀についての資料は少なく、一方で白石はやたら細かく重秀の悪口を残していたため、勝者たる白石によって、重秀の数々の功績は歴史に埋もれ、悪印象だけが残ることに。


重秀の死因は、断食による自殺と言われているが『荻原重秀の生涯』の著者による(様々な資料を分析した上での)推測では、おそらく白石が重秀を不法に幽閉し、死に至らしめた疑惑が強い。真相はもはや迷宮入りだが、ともあれこの決着により、重秀の「信用通貨制度」のアイデアが定着する機会も葬られ、そのせいで後の幕末では、諸外国から不利なレートでの為替取引を強いられることとなる。。



結論。白石のばっきゃろー! 

お前ホントにアメリカ側のキャプテンだったんかいっ!

ってオチで ww



最後に『荻原重秀の生涯』という本を書いてくれた村井淳志氏、あなたは偉い! 資料少ないのに、よくぞここまで分かりやすくまとめてくださいました! 勉強になりましたっ! あざっす!

https://www.amazon.co.jp/勘定奉行-荻原重秀の生涯-―新井白石が嫉妬した天才経済官僚-集英社新書-村井/dp/4087203859

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/荻原重秀


一般社団法人 江戸町人文化芸術研究所

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