vol.36『まいまいつぶろ』を読んで


9代目将軍「家重」てどんな人?と聞かれ、ちゃんと答えられるのは歴史マニアか勉強好きな方々しかおられないのではなかろうか。それ以外の大多数の我々には、認知できていない将軍である。たった15人の将軍を覚えないまま卒業させる日本の教育って、どうなんだろか。


その方針のせいなのか、歴代総理大臣だって全然分からんよ私は。自国の時のリーダー達なのに。あと歴代天皇もよう知らんですわ。なのに逆に歴代アメリカ大統領の方が頭に入ってるのは一体どゆことでしょうか? アレですかGHQのしわざでしょうか? こだまでしょうか?


もしかすると闇が深くて消されるかもしれないので、この疑問は忘れますね。と言うことで、9th家重について知らない方には、この本をオススメします。と言うか、この本くらいしか彼をメインにした本が無いんです。それだけマイナー将軍の家重君なわけですが、ググるとwikiで ↓ こんな記述に出くわします。


生来虚弱の上、障害により言語が不明瞭であったため、幼少から大奥に籠りがちで酒色にふけって健康を害した。発話の難に加え、猿楽(能)を好んで文武を怠ったため、文武に長けた異母弟と比べて将軍の継嗣として不適格と見られることも多く、吉宗や幕閣を散々悩ませたとされる。このため一時は老中首座である松平乗邑(のりさと)によって廃嫡および弟の擁立をされかかったことがある。


と、散々な言われよう。そして家重君の暗愚さを象徴する「小便公方」というアダ名がパワーワード過ぎて、もう「すごいダメな奴」にしか見えない感じになっとります。加えて、時代的にも大事件らしきものもなく、わりとすぐ10th家治に交代しちゃうので「特にテストに出るポイント無し」ということで、国民の9割くらいが彼を知らないまま今日も平和に暮らしています。


けどね、騙されたと思って一度この本読んでみてくださいよ。事実は小説より奇なりな熱いドラマに涙がちょちょ切れますですよ。派手さはなくともじんわり胸打つ系の良作映画を観て「地味だけどグッときたわー」て宙をぼんやり眺めちゃうやつですわ。いわゆる心に残るヒューマンドラマ系。おかげで私はすっかりハートを奪われ、家重君が大好きになってしまったので、以下に丁寧に真面目にまとめたいと思います。(もちろんネタバレ注意です)




< 余は生まれながらの障害者! >


↑ 3rd家光の「将軍じゃ!」とかけてみましたが、不謹慎でしたかね、ごめんなさい。お産の時に、へその緒が首に巻き付いて脳性麻痺が残ってしまったそうです。なので美形な顔立ちだったのに片側がひきつり、舌が回らず言葉も不明瞭。足も引きずるし、排泄障害おしっこすぐ漏らしてしまう、という気の毒な長男です。


さらに可哀想なのは、手もプルプル震えるので筆談もできないため彼が何を言っているのか誰も理解できなかったこと。頷くか首を振るYES or NOでしか人とコミュニケーションが取れないなんて結構地獄ですよね。「トイレ行きたいから立ち上がるの手伝って」が伝わらない辛さ。「あうあう」「どうなされました?」「あうあう〜!」「いま何と?」「あうあう〜!怒!」一時が万事これですもん。そりゃ引き籠りますよ。


誰もが時期将軍に相応しいのは弟の方だと考え、家重は「まいまいつぶろ(歩いたら小便の跡を残すカタツムリ)」だと揶揄する始末。中でも老中主座の松平乗邑(のりさと)は「家重はダメ絶対!」と弟推しのうちわとペンライトを猛烈に振り振り。されど、後継を嫡子にしないと諸大名らに示しがつかないので吉宗パパも困り果て「とりあえず俺がまだまだ頑張るわ」と問題を先送りに。




< そこへ家重の言葉を聞き分ける少年現るる! >


その少年、名を「大岡忠光(ただみつ)」と言い、あの町奉行「大岡越前」の遠縁だとか。「まじかよ?」と疑いつつ家重に再度会わせてみると、家重しか知り得ないことをペラペラ通訳するので「まじやん!」になる一同。と同時に、家重こんなに頭良かったのか!と驚愕。不自由な体の中に、聡明な人格を閉じ込められていた家重は、ついに我が口となる部下を手に入れたのである。


しかし大人達は警戒する。もし忠光が家重の言葉を偽り始めたら誰にも分からぬではないか、、と。さらには忠光が家重をそそのかし始めたら側用人制が復活してしまうぞ、、と。ゆえに、忠光に野心がないか確かめるため、あの手この手のいじわるトラップを仕掛けるが、全然引っかからない真面目な忠光。関心した大岡越前が「もし忠光が問題起こしたら、俺も責任取って切腹したる!」と漢気宣言します。


その後、唯一無二の通訳を得た家重は、皇族の王女である比宮(なみのみや)を正室に迎え、愛を育む。やがて比宮は妊娠するが死産となり、本人も産後に死亡。言葉は交わさずとも二人なりに心を通い合わせていたので、家重はしばらく鬱に。だが、家重でも子をもうけられると証明されたのがデカい。この上なくデカい。そして後日、側室により念願の長男「家治(いえはる)」が誕生する。




< この家治が幼いのに優秀で、吉宗ジジが溺愛! >


何をやらせても人並み以上、年齢以上にデキちゃう孫の家治に、吉宗ジジはもうメロメロ。これにより遂に9th将軍は家重に決定。吉宗は家康以来の大御所となり、孫の家治に帝王学を叩き込む。家重は家重で、老中の松平乗邑(のりさと)を即罷免。弟にも蟄居を言い渡し、後継争いもゲームセット。吉宗ジジも安心したのか、ようやく(って言っちゃ悪いけど)死ねます。


ですが、この頃は「享保の改革=大増税」の反作用で、百姓一揆が頻繁しているタイミング。その中でも「郡上一揆(ぐじょういっき)」は、農民らが目安箱に投書(箱訴)して、幕府の評定所で審理される大騒動にまで発展。この訴状の内容を読んだ9th家重は「幕府中枢に黒幕がいるのでは?」と疑念を抱き、スーパー有能キレキレ若き家臣「田沼意次」に真相究明を命じます。


命じられたスーパー有能キレキレ若きジェダイ田沼意次は、自慢の智略とフォースを駆使して、見事に超重役たちの関与を芋づる式に炙り出します。すかさず家重はそいつらを一斉処分。事件の闇を追求し、重鎮だろうが不正を許さない態度は、堂々たるトップそのもの。田沼意次は、この功績を足掛かりに後にジェダイマスター、じゃなくて老中主座の地位へと登り詰めることに。


(ちなみに、年貢をめぐる領主と百姓の駆け引きについては ↓ こちらの動画を見ると知識が深まります)

https://m.youtube.com/watch?v=Em2MwXuC2lo




< 最高の友、忠光との別れは号泣もの! >


暗愚と言われ、カタツムリと蔑まれて生きる運命から救い出してくれた忠光が、高齢による体調不良でいよいよ引退。家重がその最後を大手門まで見送り忠光と別れるシーンでの言葉が最高に泣ける。(そして最高にネタバレ注意)


「この四月、朔日に将軍職を辞す。家治をここへ入らせて、私は西之丸へ移る」
 忠光がはっと顔を上げ、すぐ手をついてひれ伏した。
 真っ先に打ち明けるのは、いつであろうと忠光だ。

 忠光から皆に伝えさせるのでなければ、家重の言葉ではない。


「そなたがいてくれたゆえ、私は人が思うほど難儀をしておったわけではない」

 だが忠光はきっぱりと首を振った。


「上様はそれがしをただの一度も不足と仰せにならず、ずっと御口代わりにしてくださいました」


「そなたはもう少し、己の手柄にしてもよかった」


「初めて拝謁を賜りましたときから、それがしには長福丸様が将軍におなりあそばす御姿しか見えませんでした」

 忠光は懐かしい名を口にした。頰を涙が伝っていた。


「将軍におなりあそばす御方ゆえ、命を捨ててもお助けせねばならぬと思うてまいりました」

 家重も周りが滲んでよく見えなくなった。


「そなたが倒れたと聞いても、私は会いには行ってやれぬぞ」


「少し先に参り、上様のおいでをお待ちしております。支度が調いましたらお迎えに参ります」


「ああ、そうだな。それを待つ」

 家重は意次を呼ばせた。


「まいまいつぶろじゃと指をさされ、口がきけずに幸いであった。そのおかげで、私はそなたと会うことができた」

 心の底からそう思った。


「もう一度生まれても、私はこの身体でよい。忠光に会えるのならば」

 家重は忠光の背を軽く押した。


「さあ、行ってくれ」

 忠光は頭を下げたまま、踵を返した。

 両手で顔を覆い、足早に大手橋の向こうへ消えた。


、、こんなん泣くでしょ。世界でただ一人だけしか自分の言葉を理解してくれる人がいないのよ。そして、その人が私利私欲に走らすひたすらに自分を支えてくれたわけで。その親友はその後すぐ死亡。後を追うかのように家重も死亡。もうね、泣かせに来てるタイプのラストシーンでしょ。フィクション部分とは言え、たぶん本当にそんな気持ちだったんだろうなと想像すると心が締め付けられます。


なんか『レナードの朝』を思い出しました。魂の尊厳を救った奇跡の物語として歴史に残すべきものではないでしょうか。と、今回は真面目に終わります。興味のある方はぜひ読んでみてください。ほぼ全部ネタバレしてしまいましたが。



● あと「郡上一揆」については、wiki先生が尋常でないほど細かくまとめて下さってますのでご参照を。あまりの長さに必ず途中で挫折すること請け合いです。↓

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/郡上一揆

一般社団法人 江戸町人文化芸術研究所

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