vol.55「江戸の癒」について


生活の中で「癒し」は人に笑顔をもたらし、心を穏やかしてくれる。特に、愛くるしいペットの存在は、嫌なことも忘れさせてくれる効果がある。見たり触れたりするだけで、ストレスが消えてゆくのだから不思議なものだ。私も我が家の可愛いワンコをなでていると「あれ?このあと何かやらなきゃいけないことあった気がするけど忘れたわ」となる。(← それは単なる老化かもしれない)


という訳で、今回は「江戸の癒し」をテーマとして、主にペットとして愛されていた動物について調べたことを、つれづれなるままに、そこはかとなく書きつくってみたいと思いまする。



⚫︎ 生きた芸術「金魚」に癒される


江戸時代、庶民のあいだにもペットブームがあったそうな。中期には、量産化が可能になり価格が下がってきた金魚を買い求める人が増え「金魚ブーム」にわいたという。当時の浮世絵には、金魚売りや金魚すくいに興じる人々の姿が描かれていることからも、人気の高さが伺えよう。


そもそも金魚は一体どこからやって来たのか。実は金魚の先祖は、およそ1700年前に中国は長江で発見された突然変異の赤いフナ。西暦3世紀頃のことで、その後10世紀には宮廷で飼育されるようになったらしい。知らなかった。おまえフナだったんか。

やがて、尾びれの改良などが進んで徐々に華やかな姿へと進化すると、金運をもたらす魚として「金魚」と名付けらる。そう、金魚は偶然生まれた姿を人間が世に留めた、自然界には存在しない魚。人が創り得る唯一の「生きた芸術」と言われている


当時はガラスがなく、金魚を陶器に入れて上から見るのが主流のスタイルであった。実は、この「上見(うわみ)」こそが金魚の正しい鑑賞法。尾びれが水の推進力を得て花開くように見える「尾びれの揺れの美しさ」が最大の見どころなのだ。

花魁を描いた映画では、よく金魚が登場する。実際に吉原でも金魚を飼って鑑賞していたこともあるが、むしろ「金魚鉢の中でしか生きられない」ことと「囲われた美しさ」を花魁と重ね合わせて表現しているのだろう。そうした目で見ると、あの有名なアートアクアリウム展の世界観も「哀しい癒し」として、なかなか感慨深いものがありんすなぁ。




⚫︎ 耳から「虫」の音に癒される


夏の風物詩が金魚なら、初秋の風物詩は虫。

日本人が虫の声を楽しむようになった歴史はとても古く、平安貴族たちも虫籠にスズムシなどを入れ、その美しい鳴き声に耳を傾けたのだとか。


このころには「虫聞き」と呼ばれる娯楽も存在していた。秋になると野山で虫の声を聞くという、とても風流なものだ。こうした文化の発達に合わせるかのように、スズムシの生産技術が発達し、江戸の町には「虫売り」なる商人が闊歩していたという。

虫売りはかなり人気があったようで、あまりに数が増えすぎたため幕府が業者数を規制するほどだったとか。売られているのは、スズムシやマツムシ、キリギリス、カンタン、クツワムシといった鳴き声の美しい虫たち。季節によってはホタルやヒグラシなども売っていた。


買った虫を入れる虫籠も、素朴な竹細工からぜいたくな蒔絵入りのものまでバリエーション豊かに発展し、虫を飼う喜びに彩を添えていたのだとか。おうちに飾るおしゃれなインテリア感覚ですな。すーぐ死んじゃいそうですけど。




⚫︎ 声も姿も美しい「小鳥」に癒される


ついには、ペット用の小鳥を専門に売るペットショップ鳥屋」も誕生。どんな種類が売られていたかというと――

・ウグイス、ウズラ、メジロ、コマドリ、ウソなど古くから日本にいる野鳥(和鳥)

・インコ、オウムなど海外から輸入されてきた洋鳥

・ブンチョウ、カナリアなど江戸時代以前に日本に輸入され国内で養殖・繁殖されるようになった小鳥

・ジュウシマツなど愛鳥家によって品種改良された小鳥

などなど、今と変わらぬバラエティ豊かな小鳥たちがペットとして流通していた。


小鳥をペットとして飼育することは「飼い鳥」といわれ、小鳥飼育専門書の出版や飼育技術の発達・普及により庶民にまで広まり、庶民文化が花開いた文化・文政期(1804~48年)に小鳥の飼育は大ブームに。10th家治(いえはる)や11th家斉(いえなり)も小鳥の愛らしさに魅了され、江戸城内でウグイスを飼育していたんだとか。


小鳥に魅了された有名人といえば、スペクタクル伝奇小説『南総里見八犬伝』の作者・曲亭馬琴大先生で。小鳥飼育へのハマりっぷりが尋常じゃなく「あの色の小鳥もいいな、よし飼おう」「あ、あの小鳥の姿はすばらしい、よし飼おう」「うーむ、この鳥は鳴き声がたまらんな、よし飼おう」などとしているうちに小鳥の数は増え続け、ピーク時には100羽以上の小鳥を飼育していたんだそう。完全にやりすぎである。


しかし、さすがにこれだけの小鳥が家にいると創作活動にも支障が出てきたのか、はたまた飽きてしまったのか、ある日唐突に、馬琴先生は飼っていた小鳥の大半を空に解き放ってしまう。現代でこんなことしたら週刊誌に「あの超人気作家、大量の小鳥を飼育放棄!無責任すぎる実態に迫る」なんて書かれて大バッシングされまっせ。急にどうしたんだ大先生さんよw


小鳥の大きな魅力のひとつはやはり美しい鳴き声だ。愛鳥家たちの間では「小鳥合せ(ことりあわせ)」「鳴き合せ」という小鳥の鳴き声や姿の美しさを競い合うイベントが大流行し、大勢の観客を集めた。特に「ホーホケキョ」の鳴き声でおなじみのウグイスと、ウズラの「小鳥合せ」は人気が高かったそうな。




● 珍しい模様の「ネズミ」に癒される


ネズミは、江戸時代においては、ハエやカのような害虫と同様に、人の生活に害を及ぼす生き物 であったが、一方では、人に害を及ぼさない「コマネズミ」や「ナンキンネズミ」、大黒天の使者として人に富貴をもたらすとされた「福ネズミ」もいて可愛がられている。 また、子孫繁栄の象徴でもあった。人々は鼠に対して愛憎半々であったのだ。


明和年間(1764~72)以降、上方を中心にして白鼠の飼育が広がり、斑や月輪など毛色の変わった鼠が持て囃され、高値で取引された。江戸では人気がなかった白鼠の育種が大坂を中心に広がり、「奇品」づくりが熱心に行われていたらしい。


安永4年(1775)に大坂で刊行された『養鼠(ようそ)玉のかけはし』という本は、ネズミの飼い方のガイドブックである。「奇品」と呼ばれる毛色の変わったネズミを手に入れる方法や餌の与え方などが詳しく書かれ、当時の人々の熱中ぶりが分かる。




● そしてペットの王者「猫」に癒される


古くは弥生時代に遡るという説もあるほど、人と猫の付き合いは長い。犬と違って猫の場合、浮世絵をいろいろと調べてみても、野良猫の姿はなかなか発見できない。もちろん、江戸時代の家屋の隙間を考えれば、現代のように完全な室内飼いということはなく、気ままに町の中を出歩いていたことであろう。だが、浮世絵に登場する猫は、室内で人間と一緒に仲良く生活している姿が多いのである。


例えば ↑ の左の絵は、タイトルに「ヲゝいたい」とあるように、猫に襲いかかられて痛がっている女性の姿だ。猫の鋭い目つきを見ると、だいぶ機嫌を損ねているようだが、女性は痛いと言いながらも口元には微笑みが浮かんでいて、猫への愛情を隠しきれない。立派な赤い首輪も、この猫が愛されている証拠だろう。


猫好きな有名人と言えば、浮世絵師の「歌川国芳」が挙げられる。日本橋から京都まで、東海道の宿駅の名前をもじった猫の絵を描いたり、猫を擬人化したり、役者を猫にした作品を次々と発表している。が、彼が本格的に活躍するのは江戸時代末期の方なので、また今度その時期が来たら詳しく調べることにするにゃん。




他にも、もちろん犬も人間の相棒として愛されているのだが、わりと野良だったりしがちなので、今回はパスさせてもらうワン。しかし元禄時代のころなんかは犬で刀の試し斬りとかしてたくらいだし、それから比べると命を大切に扱う道徳観がしっかり浸透した様子がよく分かる。生類憐れみの令で誰よりも嫌われた5th綱吉様に、この時代を見せてあげたいものである。


あ、でも鰻とか魚とかガンガン食べてるから怒られるしダメか。

一般社団法人 江戸町人文化芸術研究所

こちらは一般社団法人「江戸町人文化芸術研究所」の公式WEBサイト「エドラボ」です。江戸時代に花開いた町人文化と芸術について学び、研究し、保存と承継をミッションに活動しています。